スピリチュアルを考察するブログ

スピリチュアルについてさまざまに考察してゆくブログです。なお、コメントへの返信が遅れることがありますが、ご容赦くださいませ。

葬儀後の少し不思議に思うこと

こんばんは、光です。

母が他界して1年経った今は落ちついて書けますが、

去年はしばらくは後悔の気持ちが出てきて苦しかったです。

 

前回も書きましたが、スピリチュアル思想を学んできて、

母が亡くなっても母自体が消滅してしまったわけではないと分かってはいても、

それでも今までそばにいるのが当り前だったのが、

もうどこにもいないという現実に悲しみの気持ちが湧いてしまい、

また、母のためにしてやれなかったことや

配慮、心配りが足りなかったことなどへの後悔の念が

どうしても心を占めてしまいました。

 

丹波哲郎さんが亡くなった時、葬儀に参列した江原裕之さんと美輪明宏さんは、

棺の上に座ってニコニコ笑っている丹波さんの姿が見えたそうですが、

私にも母の元気にしている姿が見えたなら安心できたと思いますが、

何しろ全く母の姿を見ることができないので、

亡くなる前の苦しそうな姿が思い出されて、

悲しみの気持ちがなかなか治まりませんでした。

 

しばらくは母の夢も見ませんでした。

他界してから2週間くらい経った頃、母の夢を見ましたが、

今住んでる部屋に何人かの見知らぬ人たちがいて、

その中に母がいるんですが、ただそこにいるというだけで、

何も話さず、印象が薄い夢でした。それに全体がくすんだ灰色でした。

 

おそらく、江原さんが言う「思いグセ」による夢であって、

母の霊が夢に出てきたわけではないのでしょう。

その後も何回か母の夢を見ましたが、

どれも母の霊と会ったわけではなく、思いグセによる夢だと思います。

 

母は生前は霊感のある方でしたが、

私に霊感がないので、霊としての母の姿を見れないのでしょう。

 

でも不思議に思うことはありました。

それは葬儀後、2週間くらい経った頃でしたが、

夕方5時頃、私が夕食を作ろうと台所に行った時、

その時分は薄暗くなってはいましたが、

台所の窓から入る外の明かりでまだ電灯をつけるほどではないので

点灯しないでいたのですが、

その時、台所の流し台の上にある流し台用の小さな蛍光灯がひとりでに点灯したのです。

その流し台の上にある蛍光灯は、

紐を引いてスイッチを入れたり切ったりするタイプで、

古いので紐が根本から切れてしまっているので、

蛍光管を少し回して位置をずらすことで

スイッチを入れたり切ったりしてたんですが、

それが、全く触ってもいないのに、

ひとりでに点灯したのです。

 

あれは不思議でしたね。

私は、母が存在を知らせるために

蛍光灯の明かりをつけたのではないかと思ってます。

 

それから、何日か後には、夜8時頃、

玄関のドアの外側で、何かこするような音がしたのです。

隣の人が回覧板を新聞受けに入れようとしてるんだろうと

その時は思ったのですが、その音がしばらく続いていて、

回覧板を入れるにしては時間が長いなと変に思っていると音が止んだのです。

 

それですぐに私は回覧板だろうと思って玄関の新聞受けを見てみると、

何も入ってないのです。

念のため、ドアを開けて外側を見てみると

そこにも何もないのです。

 

蛍光灯がひとりでに点灯した時も、玄関の音の時も、

葬儀後の手続きの手伝いで弟が私の家に泊っていて、

そのどちらにも居合わせていたので、

私の錯覚などではないのです。

もしかすると、あれは母だったのではないかなと思っています。