スピリチュアルを考察するブログ

スピリチュアルについてさまざまに考察してゆくブログです。なお、コメントへの返信が遅れることがありますが、ご容赦くださいませ。

歴史上の英雄のカルマについて

スピリチュアルでは、人類の歴史上、大きな変革を起こすような人物が
この世に生まれてくるというようなことを言ってますが、
確かにこれまでの世界の歴史を見てみると、その時々に指導者が現れて、
乱立する国々を平定して統一するということが繰り返されています。

 

それによって政情が安定して、人々の生活も平穏に向かうということはありますが、
しかし、そのような乱立する国々を平定する過程において、
抵抗する人々を大量に殺しているという事実があり、
多くの犠牲者が出ているという事実があります。

 


世界史や日本史ではそのような他国を平定して統一していった指導者を
英雄扱いしていますが、実際にはその過程で多くの人びとを殺戮していき
多くの犠牲者を出しているわけですが、
それはスピリチュアル的に見て、罪にならないのか、カルマにならないのかと
以前から思っていました。

 


その疑問について、『真相を霊視してゆっくり解説』でも
私と同じ疑問を持っている人の質問が取り上げられていました。

その質問に対して「カルマは当然受けるけれども、
必ず何かを成し遂げるために必要な人物が生まれるようになっている」
という答えでした。
つまり、国を平定していく宿命を持って生まれてくる魂は
カルマを受けることは覚悟の上で生まれてきているということらしいです。

 


その場合、平定の過程で起きる殺戮による犠牲は霊界では織り込み済みということになるんでしょうか。
そうだとすると犠牲になる人びとはそれを宿命として受け入れて生まれてきているということになるのか。

 

そのように考えると、納得いかない気持ちにもなります。
犠牲になる宿命として生まれてくる魂は、過去世において大きなカルマを作ってしまった人びとだから、
そういう過酷な宿命のもとに生まれてきたのだとは言えるのかもしれませんが、
しかし、英雄のように言われている指導者の事績の陰に多大な犠牲者がいるということが霊界での計画だとすることには違和感もあります。
この点も私にとって、スピリチュアル思想での分からないところです。