前回の続きで、スピリチュアル思想を知って良かったことですが、
それはアカシックレコードの存在を知ったことです。
実際に行なったことだけでなく、言葉に発したことも、心の中で思っただけのことでも、それらは全てアカシックレコードに事実として記録されているということで、
これを知ったことによって、自分の行ない全てに気をつけるようになりました。
アカシックレコードとは、いわばいつでもどこでも防犯ビデオで撮影されているようなものなので、うかつなこともうかつな言葉もうかつな思考さえもできないわけなので、それによって自分をいつも戒めながら生きていくようになるものです。
唯物論的な考え方で生きていると、いくら正しく生きようと思っていても、
そこまで身口意の三業に渡って自分を戒めて生きようというのはなかなか難しいものです。
アカシックレコードによっていつでもどこでも防犯ビデオのように自分の全行為が記録されていると思うことによって、悪いことをしないようにしようと思えるわけです。
前回も書きましたが、私は若い頃は腹立たしい目に遭わされた時、
ついつい心の中で悪態をついたり罵ったりしてましたが、
それによって悪いカルマを造ってしまっていたわけです。
スピリチュアル思想に出会って、それを知ることによって
本当に良かったと思います。
確かにアカシックレコードのことを知った当初は、
言葉も心の中で思っただけのことでもアカシックレコードに記録されてしまい、
しかも悪い言葉や思いだけであってもそれがカルマになってしまうということに対しては、そんな生き方をしていたら窮屈で仕方ないとか、
ストレス発散や息抜きさえもできないなと思って、信じたくないような気持ちでしたが、しかし、さまざまなスピリチュアリストが言っていることであり、
それが自分の幸不幸に関わってくることであるなら、
事実として信じて受け入れていくしかないと考えるようになりました。
スピリチュアル思想を知るようになって初めの頃、
丹波哲郎氏の霊界思想の本を読むようになって、
あの世では心の中で思ってることも相手に知られてしまったり、
心の中の思いによってあの世での住む階層が違ってしまい、
悪い思考をしているとそれに見合う低い階層に行ってしまうということを知り、
あの世では心の中の思いにも気をつけていなければならないと考えるようになったわけなんですが、
実はこの世でも、心の中の思いはその時は相手に知られなくても、
あるいはすぐにその思いが現実化してしまうことがなくても、
実際に行なったことと同じようにカルマになってしまうということを知り、
これまでの自分の人生を振り返って冷や汗が出るような気持ちになったものです。
なので、あの世に帰ってから真理を知るよりも、
あの世に帰る前に真理を知って良かったと思っています。