私がスピリチュアル思想を信じるようになったきっかけは、
初めはオカルト的なものや神秘的なものへの好奇心や
現実逃避的な思いもあったのは確かですが、
スピリチュアル思想を知っていくにつれ、
単なるオカルト的なものへの好奇心だけでなく、
生き方を知るということへの関心の方が大きくなっていったのが始まりです。
その大きなきっかけがたまたま図書館から借りて読んだ高橋信次氏のいくつかの著作で、その思想に惹きつけられ、それまでの人生観が大きく変わりました。
また、同じ頃、丹波哲郎氏の霊界に関する著作も続けて読んでいき、
スピリチュアル思想へと傾倒していきました。
さらにインターネットを始めてからは、斎藤一人氏や小林正観氏など、
またその他、ネット発信しているスピリチュアリストのメディアによって、
スピリチュアル思想を深めているところです。
以前はテレビ番組か、本でしか知ることができなかったのが、
インターネットでさまざまなスピリチュアリストが発信している思想を知ることができるのでとても便利な時代になったと思います。
江原氏や美輪氏のラジオの番組での話もYouTubeのチャンネルでいつでも視聴できるので本当に助かってます。
さまざまなスピリチュアリストの言っていることは細かいところでは食い違うところもありますが、基本的なところは皆同じといっていいようです。
基本的なところを守って生きていくようにすれば、間違いはないと言えるでしょう。
私がスピリチュアル思想を知って驚いたこと、そして知って良かったと思うことは、
心の中で思ったことも言葉で言ったことも実際に行なったことと同じだということです。
私は若い頃は家の宗教の信仰(仏教系)を行なっていたことがありましたが、
その宗教では普段の心の中の思いや口に出した言葉が幸・不幸のカルマ(業)を作っていくということまでは聞いたことがなかったので、そういう考え方には少し驚きました。
家の宗教での教えはお経などの特別な言葉や勤行などの儀式、あるいはその宗教の教えを広める活動を行なわなければ幸福になれないというような宗教的な内容が主なもので、
普段の心の中の思いや口に出す言葉については無頓着というか、別に何も教わってはいなかったので、
スピリチュアル思想を知り、普段の心の中の思いや何気ない言葉というものがとても重要なんだと知ってからは、何だかいつも緊張していなければならないようなそんな気持ちでしたね。
というのも若い頃は心の中での思いが幸不幸に影響するとは思ってなくて、
何を考えようとどう思おうと自由だと考えていて、
例えば、人から腹立たしい目に遭わされた時、
直接相手を罵ることができないなら心の中だけでも相手を罵らなければ何だか損をしたような気分になっていたもので、
心の中だけでも相手を罵ることによってストレスを発散していたところがあったからなんですが、
スピリチュアル思想を知ってからは、
理不尽な目に遭わされても心の中で罵ることもできないのではストレス発散もできないなと、
初めの頃はなかなか受け入れにくい思いがありました。
しかし、高橋信次氏の思想にある釈迦の教えを知っていくようになってから、
そもそも仏教でもスピリチュアル思想にある心の中の思いも口に出した言葉も、
実際に行なったことと同じだと教えているということが分かっていったわけです(仏教では「身口意の三業」といいます)。
それからは仏教の源流に関心が行くようになり、高橋信次氏が説いている釈迦の教えは原始仏教と呼ばれている初期仏教のことだということが分かり、
それからは仏教宗派が出してる仏教書ではなく、
仏教学者が書いた近代仏教学による初期仏教の本を次々と読んでいったわけなんですが、
それらの本に書いてある釈迦の教えというのが、確かに高橋信次氏が説いている釈迦の教えと同じで、普段の心の中の思いや口に出した言葉も実際に行なったことと同じという思想であることが分かっていったわけです。
そして、身口意の三業に渡って自己を調和していく方法として八正道という生き方を行じていたということを知ったわけです。
高橋信次氏は「山に登って「バカヤロウ!」と叫んだら、「バカヤロウ!」というこだまが返ってくる。それと同じで、心の中の思いや言葉だけであっても実際に行なったことと同じでその報いが返ってくる」というようなことを著書に書いてましたが、
釈迦の教えにも同じようなことが原始仏教の経典に書いてあったのです。
現在の仏教でもその他の宗教でも、普段の生活での心の中の思いや言葉の重要性を説いているところもあるとは思いますが、
我が家の宗教のように、特別な行としての儀式や経文、あるいは呪文のような言葉の重要性だけを強調して、普段の思いや言葉のあり方を軽んじているところもあるもので、
なので、私もスピリチュアル思想を知るまでは普段の心の中の思いに注意を向けるということができていなかったのです。
その後、聖書も読んでいきましたが、聖書のイエス・キリストの教えにも心の中で思っただけでも実際に行なったことと同じだというところがあるのを知り、
スピリチュアル思想で言っていることは真理なんだということを理解するようになっていったわけです。
スピリチュアル思想を知らなければ、私は心の中の思いを軽んじて悪いカルマを作り続けていたことと思います。
今ではスピリチュアル思想を知って良かったと思っています。